里山で美しく生きる。

開墾のはじめは豚とひとつ鍋

2016.6.21

北海道を代表する菓子メーカー「六花亭」。
代表するお菓子の一つに
「ひとつ鍋」という最中がある。

鍋の形をした最中の中に、
美味しい餡と餅(求肥)が入っている
人気商品なのだ(私も馴染み深い)。

この「ひとつ鍋」という商品名は、
“十勝開拓の父”とも呼ばれる
北海道開拓者・依田勉三(よだ・べんぞう)が詠った
「開墾のはじめは豚とひとつ鍋」という句に由来する。

勉三が北海道にわたったのは1881年のとき。
当時、開墾を目的として結成した「晩成社」を率いて
帯広市に乗り出した勉三らだったが、
開拓は困難を極めた。

句に登場する“ひとつ鍋”というのも、
当時の過酷さを示している。

ひとつ鍋とは、豚のえさを作るための鍋を指す。
鍋にくずのジャガイモやカボチャ、
くず豆やホッチャレ(味の落ちた鮭の身)
を入れて煮込んだものだが、
窮した状況下ではこれを酒のつまみ代わりにしたという
(個人的にはおいしそうに思えるが…)。

つまり、現在の北海道の姿になる前には
過酷な開拓時代があったということだ。

現在の北海道は「日本のフードバレー」だなんて
言われるほど多くの名産品や特産物がある。
だが、それらは多くの困難の中で開拓を進めた、
当時の開拓者たちの支えがあってこそということだ。

他にも、北海道で早くから行われた取り組みで
全国的にも有名なのが十勝ワイン。

ビジ達でも紹介した池田町では
ワイン産業(?)が盛んだが、
かつては産業が乏しく、ワイン事業は当時の
丸谷金保(まるたに・かねやす)町長を始めとして、
町民全体で取り組んだ一大プロジェクトだった。

寒冷地で育つブドウを研究開発して
安定したワインが作れるまで
多くの歳月を必要としたという。

北海道の開拓に勉三が挑んだ約70年後、
ワイン産業への挑戦を決意した丸谷町長。
さらに60数年後には、
私が「十勝(芽室)ワインヴァレー構想」へ
挑戦しようとしている。

もちろん、このワインヴァレー構想も
一筋縄ではいかないだろう。

だが、先達たちが築いてきた
環境の中でスタートができること、
勉三と丸谷町長お二人の
背景と覚悟の程を考えると
成功する可能性は高いと言える。

“ひとつ鍋”のような困窮した状況でも高い志によって
現在の北海道の土台を創った
当時の開拓者たちには本当に頭が下がる思い。

その頃に比べれば、ず~~っと条件は
揃っているわけであるが…。
とにかく、あきらめないしつこさも必要なことだろう。

この記事を書いたのは…
中島セイジ

株式会社QB総合研究所・代表取締役、株式会社クオーターバック・ファウンダー。1955年北海道生まれ。経営デザイナーとして多くの企業を支援する。

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